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「著者のプロフィールは気にならない」人たち
最近、「著者のプロフィールは気にならない」という意見をよく耳にする。

「気にならない」理由としては、「作者の経歴や学歴では作品を判断しないから」「作品が面白ければそれで良い」「(フィクションなどの場合)作者の顔や人物を知らないほうが、作品世界を楽しめる」となどが主流であり、特に最後の「フィクションの場合、むしろ作者の顔や人物像などは知りたくなかった……」「作者を知って幻滅した」なんて経験をしたことのある人も多いかもしれない。
さらに、作品の性質によっては、「著書に説得力やハクをつけるため」だけのプロフィールというものもある。




だが、「作品が面白ければ、それでいーじゃん♪」で、はたして終われるものかどうか。
近年、マンガ編集者や書籍編集者、著者などと話す際、そうした「読み方」に対する疑問を投げかけられる機会が多い。
「最近は、『作品が面白ければ著者がどんな人かなんてどうでも良い』と言う人が多いですが、“作品固有で終わらない楽しみ方”もありますよね。たとえば、『吾輩は猫である』を読んだら、漱石のその後の作品を読んでみたいと思うものですし、漱石と交流のあった人や関連ある作品、弟子の作品、同じ年に生まれた文豪の作品なども気になるものですよね」
と、ある編集者は語っていた。

また、あるマンガ編集者も言う。
「今は編集部主導で作っているマンガも増えていますが、マンガ家さん固有の世界としては、ストーリーや思想性、絵のタッチやコマ割りなどに他のマンガ家さんの影響を見ることがあったり、どうしてそれが生まれたのか知りたいと思いますよね。たとえば、『ドラえもん』を読んだら、他の藤子不二雄作品も読みたいし、トキワ荘について知りたいと思ったり、二人の路線が乖離した後を知りたいと思う。でも、今は、藤子不二雄などはともかくとして、人気マンガの作者の名前を言える人はあまりいません。『作品が面白ければ、作者がどんな人かなんてどーでもいいじゃん』と言う人が多いんですよね」

自分の場合、読書をしたとき、「あとがき」「プロフィール」は昔から必ずチェックしてしまう。ここでいう「プロフィール」とは学歴云々ではなく、もちろん顔でもなく、「いつ頃、どんな土地で、どのように生きてきた人か」を知ることで、「どうしてこの作品が生まれたか」に思いをはせる手段である。

思えば、自分の親や祖父母の時代、さらに自分が子どもの頃にも、インターネットなどは存在しなかったのに、「作品を気に入る→作者のことを知りたくなる・同じ作者の他の作品を読む→別のペンネームで書かれた作品も読む→作者と交流のあった人の作品を読む→同時代の人の作品を読む」「作品を気に入る→そこで描かれている風景・モデルとなった人物・作品に登場する他の小説や事物などを知りたくなる」ということは、誰に教わるでもなく、当たり前にやってきた流れだった。

これは「知るべき」ではなく、「知りたかったから」、ただそれだけの理由だったはずだ。
今は、こうした作品固有の世界から枝葉を伸ばし、広げていく読書法は「オタク」と呼ばれるのかもしれないけれど……。

好きな作品に出会ったら、やっぱり著者のこと、知りたくなりませんか。
(田幸和歌子)
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テーマ:日々の暮らし - ジャンル:日記

【2011/01/21 01:09】 | ひとりごと | コメント(1) | page top↑
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コメント
いや全然知りたくなんないけど
【2011/01/24 14:05】 URL | #-[ 編集] | page top↑
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